試算表(財政状態とは)7/7

 

築山公認会計士事務所

 

目次

 

 

≪貸借対照表のどこを見ればよいのか?≫

 

素人が貸借対照表の内容を理解することは相当困難です。しかし、下記の点に留意して貸借対照表を眺めてみるとなんとなくわかっていると思います。

 

1 「貸借」という言葉に惑わされない

 

貸借対照表は財産の一覧にすぎません。ただし、次の点については注意が必要です。

●財産にはプラスの財産もあればマイナスの財産もある

●プラスの財産のことを「資産」という

●マイナスの財産のことを「負債」という

●プラスの財産である資産からマイナスの財産である負債を差し引いたものを「資本」という(資本は結果として算出される)

 

2 資本金と資本は意味が異なる

 

「資本金」は設立当初出資した金銭という意味であって(ある意味で歴史的記録)、資産−負債=資本の金額とは異なることが通常です。ただし、貸借対照表の純資産の部(以前は資本の部と呼んでいました)においては「資本金」の金額を表示して、そこから利益を増減させて「資本」を算出していますので大変戸惑います。

 

3 「なぜ、損益計算書の利益と一致するか」について深入りしない

 

複式簿記の原理からすれば貸借対照表と損益計算書の利益は必ず一致します。財務会計ソフトを利用すれば、適当に入力していても両者は必ず一致します。一致しない場合には根本的に間違っているのですから、そんなものは見る必要がありません。

 

4 最初は細部にこだわらない

 

売掛金、受取手形、固定資産、建物、繰延資産・・・・・・・。とりあえず、細部にはこだわらず、資産合計、負債合計、資本合計に注目してください。実感が湧くでしょうか?

次に、資産合計−負債合計=資本合計となっていることを確かめてください。

 

5 数期間の数値を比較する

 

特定年度の金額では実感が湧かなくても、数期間(あるいは同一年度の複数月)を比較してみると、実感が湧いてくる場合があります。「未回収が多くて大変だった」、「在庫を一杯抱えていた」、「借金がたくさんあったなぁ」など、感じることがあるのではないでしょうか。

 

6 会社を基準に考える

 

「売る」、「買う」、「貸す」、「借りる」などは、あくまでも会社を基準に考えます。

●売掛金→会社が売った代金の未回収部分

●買掛金→会社が買った代金の未払い部分

●貸付金→会社が貸したお金の未回収部分

●借入金→会社が借りたお金の未返済部分

 

7 すべての資産はいずれ現金になる

 

「売掛金」、「受取手形」などはいずれ現金になります。商品は販売することにより、固定資産(建物、機械など)は収益を生むために使用することによって現金となってゆきます。

 

8 すべての負債はいずれ現金で支払わなければならない

 

「買掛金」、「支払手形」、「借入金」は当然として、「預り金(源泉所得税など)」もいずれは現金で支払わなければなりません。

 

9 「前払」、「未収」、「前受」、「未払」は会計(発生主義)ならではの理屈

 

これら、いわゆる経過勘定が貸借対照表を難解にしています。

●前払→支払った費用の内その事業年度の負担とならない金額を前払(費用)として資産に計上します。

●未収→事業年度末に未入金であってもその事業年度に収益として計上すべき金額を未収(収益)として資産に計上します。

●前受→事業年度末に入金していてもその事業年度の収益でないものはその金額を前受(収益)として負債に計上します。

●未払→事業年度末に未払であってもその事業年度の費用としなければならない金額は未払(費用)として負債に計上します。

 

10 貸借対照表は一定時点の表現である

 

案外忘れがちです。貸借対照表は事業年度末(あるいは月末)に作成します。ですから、事業年度末(あるいは月末)に「偶然資産が多い」、「偶然負債が少ない」などの現象が起こることもあるのです。

 

11 大手企業が貸借対照表の内容を重視する理由

 

企業は「物」です。企業は物の集まりであり、その金銭的評価は資産−負債=資本として測ることができます。企業の目的は資本によって利益を生み出して、投資家(株主)に分配することです。投資家や投資家から経営を任された経営者が、資本の効率を重視するのは当然のことです。より少ない資本でより多くの利益を生み出すことが企業にとっては理想的です。利益を生まない資産は処分して利益を生む資産に買い替える、利益を生まない資産は処分して利息の支払いを要する負債を減らすなどすれば資本の効率(利益÷資本)を上げることができます。

投資家は、預金、不動産、企業などのうち最も効率のよいものに投資します。多数の投資家が取り巻く大手企業が貸借対照表と利益の関係を重視するのは当然です。

 

12 中小零細企業にとっての貸借対照表(貸借対照表の活用)

 

中小零細企業の場合、貸借対照表にあまり見るべきものがないのが実情です。しかし、下記の内容を検討することによって、思いもよらぬことを発見することがあります。

●売掛金→得意先ごとの金額を検討してみてください。請求漏れ、値引きや返品処理漏れはないでしょうか?

●棚卸資産=在庫(商品・製品など)→集計の対象となった個々の資産を検討してみてください。過剰な在庫、販売不能な在庫はないでしょうか?

●固定資産(機械、備品など)→これらの勘定を構成する個々の資産を検討してみてください。遊休あるいは不用資産はないでしょうか?また、廃棄済みの資産は残っていないでしょうか?

●買掛金→仕入先ごとの金額を検討してみてください。支払い漏れ、値引きや返品の処理漏れはないでしょうか?

 

《貸借対照表の例》

●資産300万円(内訳は現金預金のみ)=資本300万円(内訳は資本金のみ)

会社設立時はこのような大変シンプルな状態となります。

●資産600万円(内訳は現金預金50万円、売掛金200万円、商品200万円、車両150万円)=負債(内訳は買掛金100万円、借入金150万円)+資本350万円(内訳は資本金300万円、利益50万円)

会社が活動を開始すると、資産の原始的な形態である現金預金が様々な資産へと変貌し、ほとんどの場合は負債も発生し、資本が変動します。この例の場合は、資本が資本金よりも増加していますので利益が発生しているということです。

●資産500万円(内訳は現金預金50万円、売掛金150万円、商品150万円、車両150万円)=負債(内訳は買掛金100万円、借入金150万円)+資本250万円(内訳は資本金300万円、利益(損失)△50万円)

 この例も、会社の活動開始後の貸借対照表です。資本が資本金よりも少ないですので損失が発生しているということです。

 

 

≪財政状態の今日的意義≫

 

「不良債権」、「時価会計」、「退職給付債務(退職給付引当金)」、「自己資本比率」、「ROE(株主資本利益率)」、「企業価値」など、最近は企業の貸借対照表(財政状態)についての話題がつきません。企業会計は、その時代の様々な企業関連者の要望や経済環境を織り込んで行かなければなりません。現在は妥当とされる会計処理が、今後も永久に妥当であるとは限りません。また、現在では存在しない新たな経済事象が発生したならば、それに応じた会計処理を考えなければなりません。

しかし、会計的な意味での企業、つまり企業が「(1)資金調達、(2)資金投下、(3)資金回収、(4)回収資金の再投下」を繰り返すことは今後とも変わらないでしょう。そこで、今後時代が変わっても貸借対照表の主要な勘定科目が次のものから構成されると考えることができます。

 

1 資産勘定

 

(1)資金が資金調達された状態、あるいは回収された状態としての「現金」、「預金」

(2)資金が本業に投下され、未回収(未販売)の状態である「棚卸資産」、「固定資産(工場用建物、機械など)」

(3)資金(主に余裕資金)が本業以外に投下された状態としての「有価証券(株式、債券などの各種金融商品)」、「固定資産(投資用に購入した不動産)」

(4)投下資金が販売され(企業から離れて)、資金の回収待ち状態にある「売掛金」、「受取手形」

(5)発生主義会計ゆえに計上される「前払費用」、「未収収益」などの経過勘定

 

2 負債勘定

 

(1)将来返済しなければならない金融機関などからの「借入金」

 (これらの相手勘定科目が、上記1資産勘定の(1)(2)(3)となります。)

(2)仕入代金などの未払い部分としての「買掛金」、「支払手形」、「未払金」

 (これらの相手勘定科目が、上記1資産勘定の(2)(3)となります。)

(3)発生主義会計ゆえに計上される「未払費用」、「前受収益」などの経過勘定

 (これらの相手勘定科目は、費用処理されますので貸借対照表には現れません)

 

3 資本勘定

 

(1)企業の自己資本(返済不要の資本)としての「資本金」

 (これらの相手勘定科目が、上記1資産勘定の(1)(2)(3)となります。)

(2)企業が「(1)資金調達、(2)資金投下、(3)資金回収、(4)回収資金の再投下」の過程で獲得した「利益」

 (貸借対照表に表示される利益は、創業時からの累積利益と当年度の利益です。)

 

純資産?

 

従来、企業会計は企業の主体的活動の結果としての損益計算を重視してきました。特にわが国においては、損益計算の結果としての「利益」、とくに「経常利益」を重視してきました。経済取引は単純、信用経済は安定、相場(株式、不動産、為替など)も極めて安定していた状況下では、「(1)資金調達、(2)資金投下、(3)資金回収、(4)回収資金の再投下」という単純な企業活動のサイクルにもとづいて会計事象を描写しておけば正しい決算書を作成することができました。

現在はどうでしょうか。激動する経済環境下では、投下資金が回収できない(製品のライフサイクルの短期化)、販売した商品の代金が回収できない(取引先の信用状況の激変)、保有する資産価値の目減り(株式や為替相場の変動)など、ごく当然のこととして起こります。「(1)資金調達、(2)資金投下、(3)資金回収、(4)回収資金の再投下」は、いわば企業の主体的行動ですが、現代の経済環境がもたらす諸要素の変動は企業の意思にかかわらず企業に襲い掛かり、企業経営に多大な影響を及ぼします。これを決算書に反映しなければならないのは当然です。

 

2000年頃からの会計制度改革を「会計ビックバン」とよび、従来の会計の全てを否定する風潮がないでもありません。しかし、会計基準は時代に応じて変貌するかもしれませんが、会計基準というフィルターを通す前段階としての記帳技術(総勘定元帳や試算表の作成方法)は、「(1)資金調達、(2)資金投下、(3)資金回収、(4)回収資金の再投下」という企業の普遍的活動をベースとしたすでに確立された技術です。

今後、いかなる会計基準になろうとも「明瞭」、「正確」、「誠実」、「真摯」な日常の記帳の積み重ねが大切なことに変わりがないどころか、より一層それが大切となります。なぜならば、会計基準が複雑化、高度化すればするほど、会計基準というフィルターを通すデータに精密さと迅速さが要求されるからです。

 

 

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