試算表(その仕組み)2/8

 

築山公認会計士事務所

 

目次

 

 

≪仕訳と借方・貸方≫

 

「仕訳」、「借方・貸方」。複式簿記をマスターするに当たっては避けて通ることはできません。しかし、これについてはとにかく慣れるしかありません。

専門家といえども慣れているに過ぎず、借方と貸方の意味を誰にでも説明はできるわけではありません。むしろ、無批判に受け入れることができたからこそ、あるいは疑問に思うほど優秀でなかったからこそ専門家になれたのかもしれません。

 

1 仕訳の前提

 

取引に二面性があることは前述のとおりです。複式簿記では、この取引の二面性に着目し、さらには取引の両面が一致していることを前提とします。

売上代金が預金口座に振り込まれると、売上という収益が発生すると同時に預金という資産が増加します。また、社員の給料を預金口座から支払えば、給料という費用が発生すると同時に、預金という資産が減少します。なお、社員に給与を支払う資金がない場合はどこかで借りるしかなく、その場合は預金という資産が増えると同時に借金という負債が増えます。

ほとんどの経済事象はフロー(flow)とストック(stock)に分類できるかと思います。複式簿記では、フローを「収益」と「費用」、ストックを「資産」、「負債」、「資本」として捉えます。そして、これらの要素が相互に関連して発生することに着目し、フローとストックの計算を同時に行ってしまうのです。

 

《両面の一致?》

100万円で購入した株を80万円で売却した場合、常識的感覚では両面は一致していません。しかし、複式簿記では次のように考えます。「100万円の株が減少し80万円の現金の増加と20万円の損失が発生した」。取引は両面が一致するというよりも、「無理やり一致させる」と考えるほうが正しいのかもしれません。

 

2 借方と貸方

 

簿記の教科書に出てくる貸借対照表と損益計算書は、次のとおりの様式になっているかと思います。

 

【貸借対照表】

資産

金額

負債・資本

金額

現金

 

買掛金

 

預金

 

借入金

 

売掛金

 

資本金

 

商品

 

当期純利益

 

車両

 

 

 

合計

○○

合計

○○

 

【損益計算書】

費用

金額

収益

金額

売上原価

 

売上高

 

給料

 

受取利息

 

光熱費

 

 

 

通信費

 

 

 

交通費

 

 

 

当期純利益

 

 

 

合計

△△

合計

△△

 

複式簿記では、貸借対照表と損益計算書の「左側を借方」、「右側を貸方」と呼びます。これは、「ルール」ですので覚えるしかありません。さらに、貸借対照表で資産勘定科目(上記では現金以下車両まで)は左側(借方)、負債勘定科目(上記では買掛金と借入金)と資本勘定科目(上記では資本金)は右側(貸方)に書くこと、損益計算書で費用勘定科目(上記では売上原価以下交通費まで)は左側(借方)、収益勘定科目(上記では売上高と受取利息)を右側(貸方)に書くこともルールです。

 

複式簿記では、以上のルール(ある意味で目指すべき最終目的)を前提に以下のパターンで仕訳を行い、仕訳を勘定科目ごとに分類集計していきます。

借方(左側)

貸方(右側)

(1)資産の増加

(5)資産の減少

(2)負債の減少

(6)負債の増加

(3)資本の減少

(7)資本の増加

(4)費用の発生

(8)収益の発生

仕訳は「(1)から(4)」と「(5)から(8)」を左右に組み合わせます。

 

資産は最終的には貸借対照表の左側(借方)に記載しますので、増加した場合の仕訳では左側(借方)に記載し減少した場合の仕訳では右側(貸方)に記入します。

これを資産の典型である現金を例に考えてみましょう。

 

現金(資産の増加) 100  売上(収益の発生) 100 (売上があり現金で代金を受け取った)

交通費(費用の発生)  5  現金(資産の減少)   5 (電車賃を現金で支払った)

仕入(費用の発生)  70  現金(資産の減少)  70 (仕入代金を現金で支払った)

 

現実の仕訳はこれ以外に多数あるでしょう。しかし、数ある取引の中に現金関連の取引がこれしかない場合、これらの仕訳を抜き出して左右を加算減算すれば現金の残高を算出できます。すなわち、100−5−70=25となります。

もし、すべての取引がこれだけであるならば、損益計算書の売上高は100、仕入高は70、交通費は5となります。

 

以上から、仕訳は個々の取引を描写する「複式簿記の最小単位」であるとともに、取引を勘定科目ごとに集計し複式簿記の最終目的物である「貸借対照表と損益計算書を作成する準備作業」であることをご理解いただけたかと思います。

 

《勘定式と報告式》

上記のような貸借対照表と損益計算書の様式を「勘定式」と呼びます。しかし、実務上(株主への決算報告や新聞での決算公告など)、貸借対照表は勘定式によっていますが、損益計算書については次のような「報告式」によっています。

・売上高

・売上原価

  売上総利益

・販売費一般管理費

(内訳として)

 給料

 光熱費

通信費

交通費

 営業利益

・受取利息

  経常利益

  当期純利益

「勘定式」の損益計算書は、複式簿記の基本ルールである「借方・貸方」に忠実であるために学習上はこちらを用います。しかし、報告用には損益計算書の基本的性質が収益と費用の「差し引き計算」であることから「報告式」を用いることが通常です。両者とも最終的な利益(当期純利益)が同じであることはいうまでもありません。

「勘定式」ではすべての収益(上記の例では売上高と受取利息)からすべての費用(売上原価以下交通費まで)を差し引き計算(左右の差額)して利益を算出します。「報告式」では個々の収益と費用を、粗利益(販売価格から仕入値を差し引いた売上総利益)、粗利益からそれを得るための間接的費用の差し引き(給料や通信費などの販売費一般管理費)といった具合に「利益を段階的」に算出します。大変幼稚な例で申し訳ありませんが、「100−80」と「(90−45)−35+10」の答えは同じです。前者が勘定式で後者が報告式であることはいうまでもありません。

 

《どうしても借方と貸方の意味が知りたい》

意味があるといえばあります。A社がB銀行から借りた場合のA社の仕訳を考えてみましょう。

現金(資産の増加) 100  借入金(負債の増加) 100

B銀行は当社(A社)に「貸してくれた」相手です(貸主)。そんなことから、貸してくれたB銀行に敬意を表して(?)同銀行からの借入金は貸借対照表の右側(貸方)に負債として計上するのです。借入金なのに貸方にあることを幾分ご理解いただけたかと思います。そして借りた側のA社(借主)の貸借対照表の借方に現金という資産が計上されます。

多くの負債についてはこの考えがあてはまるかもしれません。仕入代金の未払い(買掛金という負債)も、仕入業者が貸してくれているのです。

資本についてはどうでしょうか。会社設立当初は次の仕訳が必要です。

現金(資産の増加) 500  資本金(資本の増加) 500

資本金は株主が提供してくれます。ある意味で、上記の銀行と同じように貸してくれているのです。資本金が貸方に記載されることも納得できます。

現金で商品を販売した場合はどうでしょうか。

現金(資産の増加) 200  売上(収益の発生) 200

もう、今までの論理では説明がつきません。

現行の複式簿記は中世イタリアを起源とし、その後徐々に発展しながら現在の姿となり世界各国に伝わりました。当初は、借方と貸方に上記のような意味があったらしいですが、現在では仕訳の左右の意味にしか過ぎません。そんなことから、複式簿記の書物や講義でも借方と貸方については詳細な説明はしません。説明すると混乱するからです。また、実務に携わっている人(公認会計士や経理担当者)にたずねても適切な答えはえられません。慣れることです。慣れればどうでもよいことが分かります。

(参考1)英語では、借方(debit)、貸方(Credit)です。イタリア語では、借方(debtor)、貸方(Creditor)です。なお、世界的には、イタリア語を略して借方(Dr.)、貸方(Cr.)と表記することが通常です。

(参考2)わが国では1873年に福沢諭吉が「帳合之法」という書物で複式簿記を最初に紹介しました。毎年、公認会計士試験合格者の出身大学別トップを慶應義塾大学が独占しているのはこのことが理由でしょうか(?)。

 

3 仕訳の基礎データ

 

仕訳は客観的な証拠資料に基づき行う必要があります。取引の種類や性質により、証拠資料は異なるでしょうが一般的には次のとおりです。

 

【現金取引】金銭出納帳(現金出納帳)

【預金取引】預金出納帳(銀行帳)

【販売取引】売掛帳、売上帳

【購買取引】買掛帳、仕入帳、商品台帳

【手形取引】受取手形記入帳、支払手形記入帳

 

狭い意味で経理と呼ばれる仕事は、仕訳から総勘定元帳、試算表、決算報告書、税務申告書を作成することです。それには複式簿記の知識が必要です。企業における経理部門(財務部門などともいいます)は、この狭い意味での経理に関する作業をする部門であることが通常です。つまり、仕訳に必要な諸資料の多くを他の部門(営業や購買など)から提供を受けています。上記の帳簿でいえば、売掛帳や売上帳(得意先ごとの販売や代金回収の実績)は営業部門から、買掛帳や仕入帳(仕入先ごとの購買や請求の実績)は購買部門から、仕訳に必要な部分について提供を受けます。

簿記(狭い意味での経理)の教科書では、必ず以上の帳簿が紹介されています(いわゆる補助簿として)。そんなことから、実務経験の無い人によっては、これらの帳簿のすべてを経理担当者が作成するように思うかもしれません。しかし、現実の企業は、管理責任のある部署がそれについての帳簿を作成しています。

事務作業で忘れてはならないのが、作業を複数の担当者に分担させること、両者の作業結果を照合することによる不正の防止(正確性の確保)です。あらゆる作業を一人の人物に集中させれば、「やりたい放題で不正確(手抜き、注意力散漫)」になることは当然ではないでしょうか。

 

《現金と預金》

ビジネスの世界で「現金決済」といえば手形以外の決済、つまり「銀行振り込み」か「現金渡し」のことをさします。そんなことから、勘定科目の「現金」と「預金」の区別の理解に苦しむことがあります。しかし、複式簿記の世界で現金とは、現金決済で集金し、あるいは預金から引き出して手元に持っている俗に「現ナマ」といわれる「紙幣と硬貨」です。銀行取引が一般化しているといえども、「現金」の動きもかなりあります。現金と預金の区別は正確にしてください。

 

《伝票と仕訳帳》

一般に仕訳は伝票に記入します。伝票の種類は「振替伝票」、「入金伝票(相手勘定が借方現金)」、「出金伝票(相手勘定が貸方現金)」が一般的ですが、さらに「売上伝票」と「仕入伝票」を用いることもあります。簿記の教科書には、「仕訳帳」というすべての仕訳を記入する帳簿があります。しかし、実務においては、回覧や査閲のしやすさ(回覧や査閲後は押印するのが通常)、複数人により同時にあるいは分散して仕訳ができる利便性から伝票が用いられています。

 

《二重仕訳の防止》

同一取引が複数の基礎データに表れることがあります。銀行預金から手持ち現金への移動などはその典型で、預金出納帳と金銭出納帳の両者に表れます。どの基礎データから仕訳するかをあらかじめ決めておく必要があります。

 

《仕訳の日付》

取引が発生した日付でなければなりません。なお、取引日付と仕訳作業の日付が一致しないことはあります。たとえば、仕訳作業担当者が定刻に退社後なんらかの取引が行われた場合、仕訳作業担当者は翌日に前日の日付で仕訳作業を行います。

仕訳作業は取引が行われた都度行うことが理想です。上記程度の遅れは不可避的に生じ許容水準にあるかもしれませんが、仕訳作業の慢性的遅れが最終的な決算作業の遅れにつながりますので、仕訳作業をいたずらに遅らす者(仕訳担当者に仕訳に必要な情報を提供しない者)には厳しいペナルティを課す必要があります。

 

 

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